地域に根ざし、職人としての技を振るう。洋風ダイニング「AFuRe kitchen」を訪ねてみた。
時代の変化が激しい飲食業界において、何を大切にし、どのように店を切り盛りしているのだろうか。今回は、オーナーの稲月 貴啓(いなづき たかひろ)様にお話をうかがった。
- 料理の道へ。父の背中と洋食という選択
- バーテンダー経験が育てた、空間づくりの感覚
- 変化する時代と、変えない手仕事
- 北名古屋で紡ぐ、これからの信頼
①料理の道へ。父の背中と洋食という選択
北名古屋市の名鉄「徳重・名古屋芸大駅」からほど近い住宅街の一角に位置する、洋風ダイニング「AFuRe kitchen(アフレキッチン)」。店名には「人や笑顔が“溢れる”空間にしたい」という想いが込められている。
オーナーシェフの稲月さんは、自営で飲食店を営む父のもとで育ち、バーテンダーや営業職など多彩な経歴を経てこの店をオープンした。幼少期より飲食業の現場を日常的に見てきた経験から、プロの道へ進むことは自然な選択であったという。しかし、彼が選んだジャンルは父の専門とする和食ではなく、洋食であった。そこには、10代の頃から独立を視野に入れていた彼なりの客観的な分析があった。
転機となったのは、高校2年生の時にアルバイトをしていたピザの薪窯を備えた洋風居酒屋での経験である。早い段階から調理全般を任されたことで、自身の工夫が料理の完成度に直結する楽しさを実感した。また、将来の独立を想定した際、和食と洋食の価値の成り立ちの違いに着目したという。
「父が和食店を営んでいたため、その現場を間近で見てきました。和食は素材の質が価値の根幹を成す『素材ありき』の側面が強く、技術や工夫で付加価値を認識してもらうまでに時間を要すると感じていました。一方、洋食は日本人の嗜好に合わせて創意工夫を加えることで、新たな価値を生み出しやすい。当時の自分にとって、独立した際の成功イメージをより具体的に描けたのが洋食だったのです。」
彼は、和食の価値が素材の質に大きく依存するという本質を理解した上で、別の手法を模索した。洋食というジャンルが持つ柔軟性や、日本人の嗜好に合わせて工夫を加えることで付加価値を生み出せる点に、自身の可能性を見出したのである。実際に店舗を運営する中で、海外の方からも「本場より美味しい」と評価を得ることもあるという。
和食という確かなバックボーンを持ちながら、あえて挑戦的な洋食の道へ舵を切る。この柔軟な姿勢こそが、現在のアフレキッチンが提供する「親しみやすくも本格的な味わい」の原点となっている。伝統的な技法を尊重しつつ、いかにして現代の顧客に満足を届けるか。稲月さんの料理人としての挑戦は、この頃から既に始まっていた。
②バーテンダー経験が育てた、空間づくりの感覚
稲月さんのキャリアにおける特徴のひとつに、20歳から約3年間従事したバーテンダーとしての経験がある。名古屋市内のフレアバー(ボトルやシェイカーを投げる等の演出を伴うバー)で磨いた技術は、単なるパフォーマンスに留まらず、現在の店舗運営における接客の基盤となっている。
フレアバーテンディングの大会で入賞経験を持つ彼は、バーという空間を通じて「対話を通じた価値提供」の重要性を学んだ。
「バーテンダーの経験があるからこそ、お酒の好みに合わせた柔軟な提案ができると思っています。カウンター席にはスタッフとの会話を目的に来店される方も多く、お酒をメインに楽しまれる方々もいらっしゃいます。そうしたお客様に対し、付かず離れずの適切な距離感でおもてなしをすることを大切にしています。」
レシピ通りに提供するだけではなく、その日の気分や好みを汲み取り、即興でカクテルを仕上げる。これはバーテンダー時代に培った空間演出の一環である。現在も、余裕がある際にはフレアの技術を披露することもあるという。お酒を投げたり、火を吹くなどの視覚的演出は、ダイニングとしての付加価値を高める要素となっている。
料理人としての職人気質と、バーテンダーとしての高いホスピタリティ。この二つの融合が、食事を目的とする層から一杯の酒と会話を求める層までを幅広く受け入れる、多様なニーズに対応する柔軟な店舗設計へと繋がっているのである。
③変化する時代と、変えない手仕事
2016年の創業から現在に至るまで、外食産業を取り巻く環境は大きく変化した。特にコロナ禍以降、消費者の行動様式は変容し、かつての「2軒目利用」や「深夜帯の飲酒」といった需要は減少傾向にある。稲月さんはこの変化を、家庭内コンテンツの充実などにより「わざわざ外に飲みに行く動機自体が変化した」と冷静に分析し、店舗の運営方針をより食事のクオリティ向上へとシフトさせている。
その具体例が、徹底した「ハンドメイド」へのこだわりだ。ピザ生地やフォカッチャは粉の配合から自ら行い、お客様がゆっくりと会話を楽しめるよう、時間が経過しても品質が損なわれない食感を追求している。一方で、経営面では深刻な物価高騰への対応が問われている。イタリアンの主要食材であるトマトソース、チーズ、オリーブオイルの価格が数倍に上昇する中、安直に価格へ転嫁することは避け、まずは自社の努力で品質を維持することを優先している。
「原材料費の高騰は厳しい状況です。しかし、そのまま価格に転嫁することは避けたい。お客さまの財布の紐が固くなっている時期だからこそ、価格以上の満足感を提供したいと考えています。看板メニューの黒毛和牛のローストビーフを980円で据え置いているのも、その思いからです。地域の方々や大学関係者など、落ち着いた客層の方々に『ここに来れば間違いない』と信頼していただけるよう、誠実に向き合っています。」
変化し続ける時代に対応しながら、手作りの価値を維持する姿勢。それは単に料理を提供するだけでなく、地域の人々に「日常の豊かさを提供する」という経営者としての信念に基づいている。
現在は、北名古屋市役所内でのカフェ運営や、他業種の展開など、多方面で活動の幅を広げている稲月さん。どの現場においても、自身が積極的に立ち、現場の空気感を掴み続けている。変化し続ける時代の中で、変わらない「手作りの価値」と「誠実な提供」を貫くことが、アフレキッチンの揺るぎない軸となっている。
④北名古屋で紡ぐ、これからの信頼
今後のビジョンについて、稲月さんは「規模の拡大よりも、今ある店舗の信頼を高めることが最優先」と語る。かつては大きく事業拡大を意識した時期もあったが、コロナ禍を経験し、経営者としての価値観はアップデートされたという。無理な拡大は従業員や顧客への負担に繋がると考え、現在は「地域に根付き、信頼を還元していくフェーズ」であると自身の立ち位置を定義している。
「北名古屋に3店舗出していますが、地域にいかに根付き、信頼を獲得できるか。大きく展開することより、今ある店舗で信頼を獲得し、地域に還元していきたいという気持ちのほうが強いです。北名古屋で飲むならアフレキッチン、と言っていただけることが今の目標です。原材料の高騰など外部要因はコントロールできませんが、サービスの質や料理のクオリティは自分たち次第で向上させることができます。」
日々の運営においては、異なる価値観を持つ若い世代のスタッフから新たな視点を得ることも多いという。稲月さんはそれを組織としての成長機会と捉え、多様な個性が最大限に活かされる環境作りを模索している。
「次世代の感性を取り入れながら、誰もが安定して高いパフォーマンスを発揮できる仕組みを整えることが、経営者としての重要な役割だと考えています。そのため、私自身もカフェやエステ、アフレキッチンの各現場に立ち、スタッフや地域の方々と直接対話を重ねることを欠かしません。現場での地道なコミュニケーションの積み重ねこそが、お店独自の温かな空気感を作り上げていくのだと信じています。」
時代の変化を受け入れながらも、守るべき「手仕事」を貫くアフレキッチン。北名古屋の夜に灯るその温かな明かりは、これからも訪れる人々の心を満たし続けていくはずだ。
今回のインタビューを通じて見えてきたのは、職人としての確かな技術と、経営者としての冷静な分析力、そして何より地域を思う誠実な姿勢だった。本格的なイタリアンと、あなたに寄り添う一杯のカクテル、そんな豊かな時間を求めて、ぜひ一度足を運んでみてはいかがだろうか。
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