あんこのお花で笑顔を咲かせる「An de Flower」を訪ねてみた。





韓国発祥のアンフラワーとおはぎをかけ合わせた「華おはぎ」の専門店だ。見た目も華やかなこのスイーツは、見る人を魅了し、食べる人を笑顔にしている。今回はチャン・ユミさんに、お店を始めたきっかけや、華おはぎへのこだわりについて伺った。
- 偶然が導いた、華おはぎのはじまり
- 世界に一つだけ、オーダーメイドという贅沢
- ひとりの手仕事と素材へのこだわり
- 魅力を伝える、もうひとつの場づくり
- 世界中に届けるあんこの花と笑顔
①偶然が導いた、華おはぎのはじまり
韓国の「アンフラワー」技術と、日本の伝統的な和菓子「おはぎ」。その二つを組み合わせて生まれたのが、An de Flowerが手がける独特の和菓子「華おはぎ」だ。白餡を絞り出して丁寧に作られるバラ、ラナンキュラス、ポインセチア……季節ごとに異なる花が、おはぎの上を彩り、目にも美味しい一品として仕上がっている。
このお店の名「An de Flower」には、シンプルながらもチャン・ユミさんの思いが込められている。
「『de』はフランス語で『〜の』という意味。つまり“あんこの花”という意味になるんです。実はフランスが大好きで、いつかフランスで仕事をしたいという想いも持っています。」
店名には、主役となる「あんこの花」の存在と、チャン・ユミさんが抱くフランスへの憧れ、その両方が映し出されている。
An de Flowerの原点は、チャン・ユミさんの趣味だった。専業主婦として家庭に入りながらも、料理やお菓子づくりに情熱を注いでいたチャン・ユミさんは、2017年に韓国へ渡り、アンフラワーの技術を学び、正式な免許も取得する。
「技術を身につけて帰国したら、友人たちから『お代を支払うから作ってほしい』と頼まれるようになったんです。でも、自宅だと家族もいるし、集中できなくて。どこか別の場所でできたらいいなと考えていたとき、今の物件が空いていたんです。」
その場ですぐ契約を決め、自分好みに改装を始めた。しかし、ここで偶然が訪れる。
「改装中、テレビ局のプロデューサーの方が通りかかって、『ここは何ができるんですか?』と声をかけられました。事情を説明すると、『それならテレビで取り上げたいから、お店にしましょう』と勧められたんです。」
当初は作業に集中できるアトリエとしてのつもりだったが、その一言をきっかけに、チャン・ユミさんは「お店」としてのAn de Flowerを本格始動させる決意をする。2020年、コロナ禍の只中で開業。テレビの影響もあり、たちまち行列ができる人気店となった。
「でも、私は一人で華おはぎを作っているので、行列には対応できなかったんです。だから、注文を受けてその数だけを作る“受注生産スタイル”に切り替えることにしました。」
今もこのスタイルが続いている。制作数を絞る分、一つひとつの華おはぎに注がれる丁寧な手仕事が、確かな魅力となっている。
なぜアンフラワーとおはぎを組み合わせようと思ったのか。そこには、チャン・ユミさん自身の「好き」が詰まっていた。
「和菓子が好きで、なかでも“あんこ”と“もち米”が大好きなんです。だから好きなものを、ぎゅっと凝縮してみました。」
その思いがかたちになったのが、華おはぎ。好きなものへの愛情と、海外で学んだ技術、そして日々の試行錯誤が生み出す、唯一無二の和菓子。An de Flowerは、その一輪一輪に、チャン・ユミさんの想いが宿っている。


②世界に一つだけ、オーダーメイドという贅沢
An de Flowerの大きな特徴のひとつが、一般的な店舗にはある「メニュー」が存在しないことだ。ここではすべてがオーダーメイド。お客様の要望を一つずつ聞き取り、それに合わせた世界でひとつの華おはぎが生み出される。
「お客様から“こういう雰囲気で”とか“この色で”といったご要望を聞いて、その都度お作りしています。ただ、全部が全部、そのまま受け入れるわけではないんです。『真っ赤で』って言われても、全体のバランスを見て『ポイントで赤を入れるのはどうですか?』とご提案したりします。」
要望にただ従うのではなく、より美しく、調和のとれた仕上がりになるよう、チャン・ユミさんはプロの目線で丁寧にアドバイスを行う。仕上がりに妥協はない。だからこそ、時間も手間もかかる。
「華おはぎはオーダー商品を1つ作るのに、1時間以上はかかります。なので、1日に作れるのは多くても10商品くらいが限界ですね。お花の大きさがほんの少し違うだけでも全体のバランスが崩れてしまうので、そのあたりは特に気をつけています。」
その丁寧なものづくりは、企業とのコラボレーションにも活かされている。チャン・ユミさんの持つ感性とデザインセンスが、新しい形の和菓子アートとして各方面から評価を受けている。
贈り物としてのニーズも高い。まるで生花のような華やかさを持つ華おはぎは、大切な人への贈り物として選ばれることも多い。
取材当日は、母の日が近い時期でもあったため、筆者も母への贈り物として華おはぎを注文させていただいた。家に持ち帰ると、母だけでなく、そばにいた父までもが「本物の花かと思った」と驚きの声をあげた。その表情を見て、取材を通して得たこのご縁に、心から感謝したくなった。
華やかで繊細な手仕事の奥にあるのは、お客様を想う気持ちと、日々の小さな感動を大切にしたいというチャン・ユミさんのまなざし。An de Flowerの華おはぎには、そのすべてが込められている。


③ひとりの手仕事と素材へのこだわり
華おはぎの制作を一手に担うのは、チャン・ユミさんひとり。弟子入りを希望する人がいるほどの美しさと完成度だが、今のスタイルを貫いている。
「実は過去に、製作を手伝ってもらったこともあるんです。でも、やっぱり自分が作ったものじゃないと納得できないと強く感じました。それ以来、どれだけ忙しくても、すべて自分で仕上げています。朝から朝まで作業することもありますが、それが私のやり方なんです。」
その手仕事の背景には、妥協のない素材選びもある。
「使用しているのは、北海道産の小豆と大手亡(おおてぼう)です。すべて国産の素材で、無添加・保存料不使用。小さなお子様からご年配の方まで、安心して召し上がっていただけるようにしています」
大手亡とは、白いんげん豆の一種で、白餡の原材料として使われるものだ。白餡のなめらかさや香りには、自身の感性がしっかりと反映されている。
「甘すぎず、上品に仕上げるために、砂糖は沖縄産のきび砂糖を使っています。甘さ控えめなので、その分保存期間は短くなりますが、こだわりの材料は譲れない部分でもあります。」
華やかな見た目とは裏腹に、チャン・ユミさんの仕事はとても地道で丁寧だ。一人で作るからこそ、ぶれることのない美しさがあり、素材のすべてに意味がある。そのこだわりが、唯一無二の華おはぎという存在を支えている。


④魅力を伝える、もうひとつの場づくり
An de Flowerでは、華おはぎの販売だけでなく、アンフラワーの技術を学べるレッスンも行っている。内容は初心者から上級者まで幅広く対応しており、技術を深めたいというニーズに応えている。
「アンフラワーは、今とても注目されています。お花絞りの基礎を学べる初心者向けの講座から、基礎を応用した上級者向けの講座まで、なりたいレベルに応じてお選びいただけます。」
自らの技術を分かち合うことを大切にしているチャン・ユミさん。レッスンでは、技術だけでなく、対話の時間も重視している。
「レッスンはだいたい3時間くらいなんですが、私はお話しするのが好きで、生徒さんとずっとしゃべっていることもあります。それもレッスンの楽しみのひとつなんですよね。」
技術とともに、心の交流も育まれるレッスンの時間。ひとつひとつの会話が、An de Flowerらしい温かな空気をつくっている。華やかなおはぎの裏側にある、そうした人と人とのつながりこそが、チャン・ユミさんが手がけるアンフラワーのもうひとつの魅力なのかもしれない。
⑤世界中に届けるあんこの花と笑顔
An de Flowerを訪れるお客様からは、多くの感動の声が届いている。注文から製作、販売までをチャン・ユミさん一人で手がけているからこそ、その反応もダイレクトに伝わってくるという。
「以前、プレゼントで華おはぎをもらった方が、『美味しかったから、自分でも注文したい』と直接お店に足を運んでくださったことがありました。」
一度手に取った人がファンになり、また誰かに贈りたくなる。そんな温かな連鎖が、華おはぎを通して広がっている。
チャン・ユミさんの活動の根底にあるのは、ものづくりを超えた「人を想う気持ち」だ。
「最終的な目標は、慈善事業なんです。誰かを助けたいという気持ちを強く持っています。一人で80億人を幸せにすることは難しいけれど、さまざまな企業や活動家の方と手を取り合って、そうした取り組みに関われたらと思っています。」
そして、視線はすでに海外にも向けられている。
「あんこは、世界中の人に愛される可能性がある食材だと思っています。特にフランスは今、日本の食文化に関心が高まっているので、タイミング的にも挑戦する価値があると感じています。」
チャン・ユミさんが大切にしていることは、とてもシンプルだ。
「人を笑顔にしたいという気持ちがすべてですね。誰かの笑顔を見ることが、私のいちばんの喜びなんです。」
専業主婦として趣味で始めたアンフラワーが、偶然の出会いと努力を重ねて花開いたAn de Flower。贈る人も、贈られた人も、そして作り手自身も笑顔になれる。そんな華おはぎが、今日も誰かの心をそっと温めている。
花束のように想いを込めて贈れる、世界にひとつだけの和菓子。一輪の華が咲くように、人の心に寄り添うそのお菓子は、日常に小さな幸福を運んでくれる。

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