山口の郷土料理で温かいおもてなし「瓦そば シガ食堂」を訪ねてみた。





山口県の郷土料理「瓦そば」を看板メニューとして提供する、隠れ家的なお店だ。緑に囲まれた静かな環境の中で、心温まる料理とおもてなしを提供している。今回は店主のシガ ユカリさんに、お店を開いたきっかけや大切にしていることなどを伺った。
- 緑に囲まれた隠れ家的な食堂
- 挫折を乗り越え、自分らしさを探す
- 人気ドラマがもたらした予想外の追い風
- 口コミよりリアルな触れ合いを大切に
- 面白がりながら自分にしかできないことに挑戦
①緑に囲まれた隠れ家的な食堂
愛知県岡崎市の山あいに佇む「シガ食堂」。山べりの住宅地を奥に進むと、ひっそりと佇む素朴なカフェレストランが見えて来る。2016年6月1日にオープンしたこの小さなお店は、山口県の郷土料理と広島お好み焼きが看板メニューのお店だ。店名の由来は、シガ さんのお名前から来ている。
シガさんは山口県下関の出身。飲食の世界は、幼い頃から身近な存在だった。
「実は実家が広島風のお好み焼き屋さんなんです。お好み焼き屋の前は旅館をやっていたんです。昔は列車が下関で止まっていました。本州から九州に行くとか、九州から本州に行くための拠点だったので、近くにたくさん旅館があったんです。でも新幹線などが発達していくにつれて、継続が難しくなってきました。」
そこで家族は業種転換を考え、親戚の家がお好み焼き屋だったこともあり、お好み焼き店を始めることに。シガさんが18歳頃のことだ。
「お店の立ち上げから一緒にやっていました。当時はSNSもなかったので、口コミなどで知った方が来てくれていました。中々辛口な意見をいただくこともありましたが、知らないお客様との出会いや、お客様が喜んで帰ってくださる嬉しさに気づいたんです。」
この経験が、後にシガさんが自分のお店を持つきっかけとなった。
②挫折を乗り越え、自分らしさを探す
シガさんは働くことが大好きで、どんな職場でも会社のために何ができるかを常に考えていた。しかし、あるときアキレス腱を切るという怪我を負い、それが人生の転機となる。
「それまでずっと何も考えずに一生懸命働いていましたが、怪我をして動けなくなった時に、これから先どんな人生にしていきたいのかを改めて考えるようになりました。妻でもなく、母親でもない、「私」として社会とつながることができる居場所が必要だと気づいたんです。」
きっかけとなったのが、シガさんのお母様だ。80歳を超えた今も元気に働いているという。ある日シガさんは、実家でお母様が若いお客様と楽しそうに会話をしている姿を見た。
「その姿を見た時に、私も母のように、ずっと変わらずに自分らしくいられる場所を作りたいと思いました。」
そして2012年、シガさんは飲食店開業のために本格的に動き出したが、思うように準備は進まなかったそうだ。
「実は、銀行に融資の相談に行った時に、開店予定の場所が大通りなどでは無かったこと、広島のお好み焼きとコーヒーというメニューでは集客が難しいのでは無いかと、言われたんです。」
ショックを受けるシガさん。しかし彼女は決してあきらめなかった。
「銀行員さんの話は間違っていないと感じました。でも、どうしても開店したかったので、銀行さんに信頼してもらえるように、まずは実績を積むことから始めたんです。」
諦めることなく、自分ができる事を見つけ着実に前に進むシガさんの姿には感服する思いだ。
③人気ドラマがもたらした予想外の追い風
開店への第一歩として、自分が自信を持って提供できる料理は何かを考え始めたシガさん。
「テレビで日本全国のさまざまな料理が紹介される番組を見ていたのですが、インタビューされた方が『今まで食べた中で一番美味しいのは瓦そばだった』と答えているのを見たんです。私にとっては地元の味なので、気づかなかったのですが、私たちにとっての当たり前が、他県の方には当たり前ではないんだと改めて気づかされました。」
瓦そばとは、山口県下関の郷土料理。熱した瓦の上で茶そばを焼き、錦糸卵や甘辛く煮込んだ牛肉、もみじおろしなどを添えて食べる料理だ。熱い瓦の上で焼かれたそばの、パリパリした食感が楽しい一品だ。シガさんの地元ならではの料理が、愛知県でも受け入れられるのではないか、という可能性を感じた。
そして2016年6月、シガさんは岡崎市小美町の山間部に「瓦そば シガ食堂」をオープンさせた。
オープンから半年ほど経った頃、シガ食堂に思わぬ追い風が吹いた。星野源さんと新垣結衣さん主演の大人気テレビドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』の中で、「子どもの頃に母親と食べた思い出の味」として瓦そばが登場したのだ。
「本当に奇跡でしたね。ドラマが放送された頃から、お客様がぐっと増えました。オープン前から並んで待ってくださるお客様が増えたんです。」
お客様が増えるに伴い、最初は屋根だけの簡素な作りだったテラス席「HANARE」も、徐々に進化していった。
「最初は雨風をしのぐ屋根だけ作りました。でも風が強くて困っていたので、透明なビニールシートで囲ってみたら、今度は夏はサウナ状態になってしまったんです。」
これでは、お客様に快適に過ごしてもらえないと考え、コロナ禍の影響で工事が一時ストップしたものの、少しずつ改良を加えていったそうだ。現在は冷暖房完備の快適な空間で、愛犬と一緒に瓦そばを楽しめる場所になっている。


④口コミよりリアルな触れ合いを大切に
シガ食堂の強みは何か。シガさんは迷わず「人」と答える。
「スタッフと一緒に、来たお客様にどれだけ楽しんでもらえるかを考えています。『まるで遊園地みたいに楽しいね』と声をかけてくださるお客様もいます。今日も80代以上の方が何組も来店してくださいました。息子さんや娘さんがお母様を連れてきたり、お孫さんがおばあちゃんを連れてきたり、いろいろな世代の方が来てくださっています。」
スタッフもオープン当初からいる人が多く、まるで家族のような関係を築いている。
「スタッフの長所をどう伸ばすか、その人が持っているものを最大限に活かせるかは、私にかかっていると思っています。自分が必要とされているとか、自分がそこにいる価値があると感じてもらえることを重視しています。」
シガさんは口コミサイトをほとんど見ないという。リアルな交流を何よりも大切にしている。
「口コミは業者によって操作されることがあります。私は口コミではなく、リアルに食べに来ていただいた人の声を重視しています。喜んでいらっしゃるお客様と、顔を合わせた肌の触れ合う感覚のお付き合いができるといいなと思っています。」
常連のお客様が「今週2回目です」などと声をかけてくれる。その言葉が、シガさんにとっての喜びだ。
「おいしかったですと言っていただけると、やっていてよかったなと思います。先日もご家族と来られた大病を患っている方が「最後にここに来れてよかった」と言ってくれて、自分が生きる価値はこれなんだと感じました。もし瓦そばというものを私がこの街で提供していなければ、地域の人たちは一生瓦そばを食べなかったかもしれない。地域の人たちと食べ物でつながれて、本当によかったと思います。」

⑤面白がりながら自分にしかできないことに挑戦
シガさんは動物が大好きで、お店を始める時から動物の保護活動をしたいという思いがあった。
「私は末っ子で、上に兄が4人います。親は旅館で忙しかったので、正直、寂しさはありました。そんなとき、私を癒してくれたのが動物だったんです。」
今後は保護猫のカフェなど、さらに動物保護活動を広げていきたいという。「障がいのある方とも働きたい」「保護猫のカフェをこの地域でやりたい」など、シガさんはまだまだやりたいことがたくさんある。
「自分しかできないことをこの場所を使ってやりたいです。自分が楽しいと思えることを深掘りしていきたい。新しいことへのチャレンジをしつつ、自分たちのお店の価値を高め、また新たな人とのつながりをつくっていくことに喜びを感じます。」
シガさんが大切にしている言葉は、女優・樹木希林さんの「おごらず、人と比べず、面白がって平気に生きればいい」だ。
「スタッフには、何か起こった時は、今起こっていることに対して何を解決すればいいのかを一つ一つ考えながら行動するようにと言っています。起こったことに対して落ち込むのではなく、今何をすべきかを考えて行動すれば、生きやすくなると考えています。」
また「どうせやるなら楽しくやりなさい」という言葉も大切にしている。
「やらなければいけない事は、やらなければいけないので、それをイヤイヤやるのか楽しくやるのかで全然違う事柄になってきます。だから、今生きている中での楽しい部分を見て、それをどう次に活かせるのかを考えていきたいんです。」
故郷の味である瓦そばを中心に、広島風お好み焼きや自家焙煎の珈琲とスイーツを楽しめるお店。そして愛犬と一緒に楽しめる空間「ハナレ」。温かいおもてなしが待つシガ食堂へ、ぜひ一度足を運んでみてはいかがだろうか。

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