懐かしさと新しさが出会う場所、喫茶『れとろ』を訪ねてみた。





季節感を大切にしたスイーツや軽食をいただける、昭和の喫茶店をイメージしたカフェだ。今回はオーナーである足立まりこさんに、れとろのコンセプトやおすすめのスイーツ、大切にしている想いなどをうかがった。
- カラオケ喫茶を改装した「れとろ」なカフェ
- パートをきっかけに料理の仕事が好きだと再確認
- 食べたら笑顔になる人気のシフォンケーキ
- 昭和レトロと令和の新しさがつまった場所
- 険しい道のりを楽しめるようになったら人生勝ち
①カラオケ喫茶を改装した「れとろ」なカフェ
犬山口駅から徒歩約10分の場所にある「喫茶れとろ」は、ベルベットのようなシックな深緑と黒の外壁が特徴だ。「れとろ」の文字も、昭和のポスター職人が筆でサッと書いたような、味があるものだ。
「れとろ」という名前は、覚えやすさを重視して付けられたという。
「店名を付けるにあたり、ひらがなかカタカナで3文字から5文字の名前を探していたのですが、なかなか見つかりませんでした。”れとろ”という名前は、内装を依頼した方としゃべっていたときに思いついたものなんです。もともと古民家とまではいかない昭和っぽいお家が好きでした。”れとろ”なら雰囲気と名前が一緒でイメージしやすいし、印象に残りやすいなと感じたので、”れとろ”になったんです。」
レトロはRetrospective(レトロスペクティブ、懐古主義)の略だ。カタカナで表されることが多い言葉だが、まりこさんはあえてひらがなを選んだ。
「カタカナよりひらがなの方がかわいらしいし、愛着も湧くと思ったんです。お客様からの反応も良く、結果的に良かったと感じています。」
喫茶れとろは、元々カラオケ喫茶だった場所を改装したものだ。
「カラオケ教室みたいな感じだった場所なんです。元々はえんじ色の緞帳がありました。壁は脂(やに)色っぽさをあえて残しています。脂色のイメージで塗り直そうと思っても、どうしても綺麗なクリーム色みたいになってしまうんですよね。」
全面的に改装するのではなく、ところどころ元の内装を残すことで、なんだか親戚の家に遊びに行ったときのような、懐かしい感じがにじみ出ている。
そんなまりこさんは、もともとはイタリアンや創作料理の懐石をつくる料理人。しかし結婚を考えて料理の仕事をいったんお休みする事に。
「料理の仕事は、どうしても拘束時間が長いんです。営業は夜だけなので昼夜逆転の生活、かつ朝は市場に買出しに行く必要もありました。ソファーで仮眠を取ることも多かったですね。周囲が結婚しだして、仕事を取るか結婚を取るかの選択肢に悩んだタイミングで、慕っていた料理長が辞めることになりました。良いきっかけだと感じたので、私もそのときに料理の仕事を辞めたんです。」
そしてまりこさんは派遣で料理とはまったく異なる仕事につき、そのときにパートナーとなる男性と出会って結婚・出産をした。

②パートをきっかけに料理の仕事が好きだと再確認
しばらく料理の仕事に戻るつもりはなかった、まりこさん。しかし、お子さんが小学生になったのを機に珈琲専門店で働き始める。
「ちょっと時間が空いたから、パートで働きたいなと思ったときに、見つけたのが珈琲専門店の仕事だったんです。そこで4、5年働きました。すごく楽しくて、私は飲食の仕事が好きなんだと再確認しました。このままこのお店で働くか、自分でお店をするか迷っていたときに、”れとろ”の物件に出会ったんです。」
「れとろ」は2017年にオープン。しかし2020年に入って新型コロナウイルスの感染者が拡大し、飲食店は大きな打撃を受けた。れとろも例外ではない。
「徐々にれとろの認知度が上がって、軌道に乗ってきたタイミングだったので、精神的に落ち込みました。国の休業要請で食材を廃棄しなければいけないのがとてもつらかったですね。」
苦しかったコロナ禍だが、その中でまりこさんは発想を転換する。
「1か月お店を休んだのですが、学校もお休みだったので、子どもたちと一緒にいられる時間だと開き直ることにしたんです。コロナに関係なく、その少し前から国の補助金を使ってテイクアウト事業を始めることを考えていたので、子どもたちと一緒に過ごしながら、書類を作成していました。」
「れとろ」は現在、カフェの他にスイーツの卸や販売も行っている。コロナ禍の逆境をプラスに変えた好例といえるだろう。
③食べたら笑顔になる人気のシフォンケーキ
「れとろ」の売りは「シフォンケーキ」だ。シフォン(chiffon)は「絹」を意味する言葉で、その名の通り軽やかでふわふわとした焼き菓子だ。
中央に円柱状の穴が開いた型を使用して焼き上げるのが特徴で、オーブンの熱を生地全体に行き渡らせ、生焼けを防ぐ効果がある。アメリカで生まれたシフォンケーキが日本に広まったのは、昭和50年代。まさに「れとろ」がイメージする時代と言える。
しかし、数あるスイーツの中から、なぜシフォンケーキを選んだのだろうか?
「以前勤めていた珈琲専門店で、シフォンを焼いていたからです。シフォンケーキは、材料が少ないんですよ。シンプルだけど難しくて、つくるのが面白かったんです。」
一般的なシフォンケーキは卵、小麦粉、砂糖、油、牛乳といった、どの家庭にもあるような基本的な材料で作れる。一方で、ふんわりした食感や高さを出すには技術が必要で、難易度が高い。
「その珈琲専門店では、みんなシフォンを注文して、うれしそうに笑顔で食べていました。そんなにおいしいんだと思って、れとろでも作っています。」
独身時代は料理のプロだったまりこさん。しかしお菓子づくりは料理以上に正確な計量と温度管理が必要など、料理とはまた異なる技術を要求される。独学の末、さまざまなスイーツを提供できるようになったのだ。
あっと驚くのが、Instagramにアップされているシフォンケーキをぐーっと深く押したあと、元に戻る動画だ。
「レトロのシフォンは、水分量が、普通のシフォンよりもすごく多いんです。お店をリニューアルしたときに、配合を変えました。シフォンケーキは焼き菓子に分類されるものですが、れとろのシフォンは「半生焼き菓子」のイメージです。その分、消費期限が短いんですけどね。」
やはり、その配合は企業秘密なのだろうか?そう尋ねると、まりこさんは笑いながら首を横に振った。
「全然。お菓子づくりが好きなお客様から聞かれたら、教えていますね。教えた人は「水分量が半端なく多い」と驚いていました。」
水分が多いとしっとりするが、その分膨らみにくくなったり、崩れやすくなったり、生焼けになりやすくなる。その絶妙な配合は、まりこさんが料理の経験で培った下地プラスアルファ、独学による努力の結晶といえるだろう。


④昭和レトロと令和の新しさがつまった場所
シフォンケーキ以外の売りについてもうかがってみた。
「旬の果物を使っていることです。季節を大事にしていて、旬が終わったものはメニューから下げています。」
たとえば、夏なら桃を使ったスイーツ。特に桃がドンっと丸ごと乗ってはみ出たパフェは、インパクト絶大だ。食べ切れるのだろうかと少し心配になるが、桃は水分量が多いため、皆さんペロリと完食するという。
地産地消にもこだわっているのだろうか?
「はい。桃は犬山市の特産物のひとつなんです。ただ桃農家さん自体が少なくなってきています。知人が隣にある小牧市の農家さんを紹介してくれたので、去年から犬山と小牧の桃を使い始めました。」
また、れとろプリンも人気商品だ。
「おばあちゃんが、蒸し焼き器で作ってくれたプリンをイメージしています。昔はオーブンがなかったので蒸し焼き器を使っていました。うちのはちょっと固めですね。」
現代のプリンは、生クリームを加えてゼラチンで固めて冷やすような、とろっとしたタイプが多い。昔ながらのプリンは、蒸し焼きで卵の凝固力を引き出し、しっかり固める。シンプルな分、より卵の素朴な味わいが際立つ。
れとろではスイーツだけでなく、がっつり食事もできる。メニューはナポリタンとカレーライスだ。戦後の食糧難の時代、ケチャップは比較的安価で手に入りやすかった。
喫茶店の簡易な厨房でも作れて、日本人の口に合うナポリタンは、カレーと並び洋食文化を代表するメニューとなった。これもまた「れとろ」のイメージにぴったりといえる。
「私はナポリタンが好きなんですよ。オリジナル感が出るように、夏は台湾ナポリタン、秋から冬は濃厚なチェダーチーズナポリタンと、季節によってアレンジしています。」
昭和の懐かしさと令和の新しさが融合したナポリタンを、ぜひ体験してみてほしい。そして、れとろのお客様は年配の女性が多いのかと思いきや、若い人も多く訪れるという。
「苺の季節になると、一気に若い子が増えます。苺が好きな子が多いのでしょうね。男性も来ますよ。3人くらいで来て、パフェの写真を撮って、美味しそうに食べてくれています。」
昭和の時代は「お菓子は女性が食べるもの。甘いものが好きなんて男らしくない」という固定観念にとらわれていた人が多かったように思う。
しかし近年はメディアでスイーツ好きを公言する男性有名人が増え、オープンになりつつある。昭和レトロな喫茶店に集うスイーツ男子、令和の多様性の象徴のようで、素敵な光景だ。
「新しさ」を感じるのはそれだけではない。
まりこさんは、Googleなどの口コミにもしっかり返信している。高評価の意見だけでなく、低評価の意見にも誠実に対応しているのだ。
アナログだけでなくデジタルもしっかり意識し、勉強する姿勢に頭が下がる。このバランス感覚もまた、れとろの魅力ではないだろうか。

⑤険しい道のりを楽しめるようになったら人生勝ち
まりこさんの今後の展望についてうかがってみた。
「ゆくゆくは、料理メインのお店をやっていきたいと考えています。今、喫茶店をしているのは、子どもが小学校に行っている間にできる、最大限の形だったからです。私は料理が大好きなのですが、料理店を経営しながら子育てと両立させるのは難しいというのがありました。子どもが巣立って手を離れたら、料理のお店をオープンさせたいですね。」
飲食店で実際に働いていて、現状を知っているからこその冷静な分析だ。多店舗展開は考えているのだろうか?
「よく同じような形態のお店をいっぱいやってみたらいいんじゃないか?ということも言われるのですが、私は経営者気質というより、職人気質なんですよね。そっちの方が儲かるのかもしれませんが、私がやりたいのはそちらではないのです。」
経営者気質ではなく職人気質、まりこさんのしっかりとした軸を感じる。最後に、好きな言葉についてうかがってみた。
「険しい道のりを楽しめるようになったら人生勝ち、という言葉です。」
実はまりこさんは、登山が趣味なのだという。
「ゴールデンウイークのときにも山に登りました。ただ、いつもは登山でスッキリするのですが、そのときは「何で私は山に登るんだろう」とモヤモヤしながら登ったんですね。夜中に目が覚めて、登山家の名言集をネットで見ていた時に、この言葉に出会いました。そして安心して眠りました(笑)。それ以来、この言葉を常に心がけています。大変なことも多いけど、それを楽しめるようになりたいんです。」
子育てとの両立やコロナ禍など、さまざまな経験をバネにして、喫茶れとろを経営するまりこさん。将来考えているという料理店も、きっと素敵なお店になるに違いない。

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