高度な技術で大切な服を未来へつなぐ「紬かけつぎ店」を訪ねてみた。





衣類の穴や破れなどを「かけつぎ」という伝統的な手法で修理してくれる専門店だ。かけつぎ職人になった経緯やかけつぎの魅力、未来に向けた取り組みについて、代表の岡野 晃兵(おかの こうへい)さんにお話を伺った。
- 服を長く大切にする「かけつぎ」の技術
- テレビをきっかけに営業からかけつぎ職人へ
- 古い服は一発勝負、かけつぎの難しさ
- 服を直したいお客様の想いに寄り添う接客
- ものを大切に、海外からも注目されるかけつぎ
①服を長く大切にする「かけつぎ」の技術
お気に入りだった服に穴が開いたり、傷んだりしてしまい、あきらめて捨ててしまった経験がある人は多いのではないだろうか。紬かけつぎ店では、長く着てほしいという想いから、丁寧に服を修復してくれる。
かけつぎとは、布地にできた穴や破れを糸や布を使って修復する、高度な技術を要する伝統的なお直し方法である。
2019年4月15日、そんな紬かけつぎ店が一宮市にオープンした。
店名にもなっている「紬」という字から、もしかしたら着物の修復を想像する人もいるかもしれない。
しかし同店では着物だけでなく、ジャケット、スラックス、コート、ニット、Tシャツなど幅広く対応している。それらが熟練の職人による手仕事によって、新品のように生まれ変わるのだ。ウェブサイトではさまざまな修理事例が紹介されている。
なぜ紬という字を店名に使ったのだろうか。まずは店名の由来を伺ってみた。
「かけつぎは、僕らの仕事のことです。関西ではかけつぎ、関東ではかけはぎと呼ばれています。紬といえば高級な着物を連想する人も多いのですが、昔は普段着だったんです。かけつぎも、普段着の紬と同様、昔は身近なものでした。今はかけつぎ業者がものすごく少なくなってしまっています。しかし僕らとしては、服を長く着てもらいたいという想いがあります。かけつぎを普段着のようにもっと身近な存在として感じてほしい、そしてものを大切にする文化が根付いてほしいと考えて紬という文字を使いました。」

②テレビをきっかけに営業からかけつぎ職人へ
岡野さんだが、もともとはまったく別の業種で営業をしていたという。てっきり服飾系の専門学校で学んだのだとばかり思っていた。
なぜ、かけつぎの仕事をしようと思ったのだろうか?
「就職して4年目くらいだったのですが、テレビでたまたま、かけつぎのことを知ったんです。初めて見た時素晴らしい技術だと感動しました。」
もともと、洋服が好きだったのだろうか?
「はい。自分で何とかしたいなと思ってた服もあったのですが、直せるとは思っていなかったんです。せっかくの技術も、知られていなかったら意味がないですよね。当時は営業をしながら、いつか自分の好きなことをしたい、自分のお店を持ちたい、と考えていました。そこに「かけつぎ」がピタッとはまったんです。当時は26歳くらいで、職人に転向するにはもしかしたら遅いのかもしれませんが、挑戦してみようと決意しました。」
かけつぎと運命的な出会いを果たした岡野さん。まったく異業種に飛び込んだわけだが、不安はなかったのだろうか?
「あまりなかったですね。」
その背景には、営業時代に出会った先輩の影響がある。
「営業の仕事を始めた当時、同じ職場に、すごく仕事を頑張っている先輩がいたんですね。結果もきちんと伴っていたし、僕らのこともフォローしてくれていたんです。その先輩が格好よかったので、自分も先輩のようにきちんと仕事を頑張ろうと決めました。」
その後、岡野さんは転勤でさまざまな事業所に移ったが、想いは変わらず、営業の仕事に打ち込んだという。
「かけつぎ職人をやると決めたとき、仕事の内容が変わっても人一倍頑張ればいい。人よりスタートが遅かったとしても、努力でカバーできると考えました。ですから、あまり不安はなかったんです。」
営業の仕事で積み上げてきた自信と誇りが、岡野さんを次のステージへ進む後押しをしてくれたというわけだ。
「また、かけつぎはみんなに知られていないだけで、どこかに絶対に需要があるはずだと考えました。」
確かに、かけつぎについて知っている人は少ないのではないだろうか。筆者もかけつぎについては全く知らなかった。リメイクとはまた異なるのだろうか?
「リメイクは、形を変えることになりますので、少し違いますね。もちろん裏側とかに跡は残るのですが、元と同じ状態に戻すのが、かけつぎです。」
実際に、かけつぎのサンプルを見せていただいた。裏側を見ればお直ししているのはわかるが、表を見る限りではまったく気づかない。岡野さんがテレビでかけつぎに出会い、心を動かされたのもうなずける。
③古い服は一発勝負、かけつぎの難しさ
かけつぎは職人による完全手作業のため、1日にできる量が限られる。小さな穴であれば1日で終わる作業も、大きな穴だと何日もかかってしまう。数か月かけてかけつぎをするものもあるという。
かけつぎは、服を元通りにする仕事だ。リメイクならある程度個性も出せそうだが、かけつぎは自分の個性を出す仕事ではない。失礼な質問かもしれないが、かけつぎの仕事の面白さや、やりがいは何だろうか。
「服に空いた穴がわからなくなれば、お客様はみんな喜んでくれます。ありがとうございますって言ってもらえます。そこにやりがいがあります。また、今は、特殊な生地がどんどん増えています。ポリエステル、アセテート、ナイロン……。生地によっては、よほど丁寧にかけつぎをしないと、破れが目立ってしまうものもあります。このような新しい生地は、お店によっては「うちは扱わない」というところもあります。でも僕らはかけつぎを後世に伝えていきたいので、新しい生地はダメというのはポリシーに反します。かけつぎの生地を限定してしまうのは簡単ですが、それでは面白くありません。他店が断った新素材に挑戦して、創意工夫していくのも、この仕事の面白さだと考えています。」
紬かけつぎ店には、素材以外にも他店で断られてしまうような難しい相談が多く寄せられるという。
「古い着物とか、最近はヴィンテージTシャツの相談も増えていますが、生地自体が弱ってしまっていることが多いんです。取り扱いに注意しなければ、少し判断を誤るだけでボロボロになってしまいます。僕らのところに持ち込まれる服は、とても価値のあるものが多数あります。また、一見安価な服に見えても、お孫さんにプレゼントしてもらった服など、他には代えられない依頼もあります。一発勝負なことが多く、その緊張感やプレッシャーも、面白みの一つですね。」
通常であればプレッシャーに押しつぶされそうな状況を「面白い」と断言できるのも、技術力が高いことの表れだろう。
「やっぱり、慣れですね。新人はまずはサンプルを触って練習するのですが、やはりそれでは緊張感がなくて、なかなかうまくなりません。緊張感が、技術を上達させるのだと考えています。そうやって腕を上げてもらい、新しい技法に挑戦して、できる幅を広げてもらっています。」


④服を直したいお客様の想いに寄り添う接客
紬かけつぎ店のホームページには、誰もが名前を知っている名だたるブランドのかけつぎ事例が多数掲載されている。ブランドの服を安心して任せられる、確かな技術、確かな信頼の表れだ。やはりブランドも含めた実績が豊富なのが、同店の強みなのだろうか。
「そうですね。でも僕たちはお客様に寄り添う職人を目指していて、そこも強みにしたいと考えています。僕らは、全国のかけつぎ屋さんでも一番若いんですね。」
今、さまざまな業界が高齢化の問題を抱えているが、かけつぎも例外ではない。70代、80代がほとんどだという。
紬かけつぎ店の場合はLINE、メール、電話で問い合わせて、修理を希望する衣類の状態や希望納期などを伝えるところから始まる。特にLINEが問い合わせに使えるのは、ありがたい人も多いのではないだろうか。メンバーが若いお店ならではの強みだ。
「顔が見えない状態でのやりとりになるので、誠実な対応を心がけています。簡単なお直しで済みそうなのであれば、わざわざうちに郵送してもらうよりも、近くのお直し屋さんに持って行ってもらった方が、サイズ変更にも対応してもらえてよいケースもありますので、その場合は、そのことをお客様にお伝えします。また、シミについてもクリーニング屋さんで取れる場合もありますし、お断りする場合も、何かしらフォローするようにしています。」
なぜ、売り上げにならない可能性が高いケースでも、そこまで親身に対応するのだろうか。
「かけつぎに服を依頼する機会って、おそらく人生で何度もないと思うんですね。めちゃくちゃ喜んでくれたお客様でも「じゃあ次はこれもお願い」とはなりません。それに、大事な服が破れたり穴が開いたりするなんて、無い方がいいですよね。ですので、お客様との1回のやりとりを大事にしたいんです。難しい依頼も多いですが「亡くなったあの人との思い出があるんです」という話を聞くと、やっぱり直してあげたいなと思っています。」
また、先日はこのような依頼があったという。
「交通事故のときに自分を守ってくれた服を、修復跡が目立っても構わないから、何としても直したいという依頼がありました。そのような話を聞くと、難しくても何とかしたいと思いますね。感謝のお手紙をいただくこともありますし、目の前で感動して涙を流されたお客様もいらっしゃいます。」
きっとその人にとって、お守りのような大切な服なのだろう。さまざまなお客様の背景を背負った、他にない唯一無二の仕事、それがかけつぎなのだ。
⑤海外からも注目されているかけつぎ
紬かけつぎ店では、今後もっと一般のお客様にかけつぎの認知を広げたいと考え、SNSやイベントなどの活動に注力している。たとえば先日は、家政科系の大学で教員や学生向けに、かけつぎの講演をしたという。
「このままだと、かけつぎというものが知られずに廃れてしまうのではないかという危機感があります。かけつぎの未来のためにも、まずはかけつぎという概念を知ってもらい、そのうえで、どこに依頼するかを選んでもらいたいんです。」
今のところ、特にかけつぎから別の事業を派生させたり、横展開する予定はないという。
「かけつぎ以外の事業をしない理由は、もったいないからです。というのも、実はかけつぎって、海外の方からの反応が良いんですよね。そこに気づいて、2024年の4月あたりからSNSを始めました。かけつぎの技術にすごいと驚いてくれて、11月時点で3万7千人くらいのフォロワーがいます。投稿の再生回数も伸びています。」
やはり海外でも、かけつぎは珍しいのだろうか。
「そうでしょうね。ないことはないのでしょうが、今の時代ではかなり珍しい仕事なのだと思います。日本人に対して、誠実かつ丁寧できっちりした仕事をするというイメージを持っている海外の方は多いですね。『これ、直してもらえたの!?やっぱり日本はすごいね!』と思ってもらえたらうれしいです。」
海外には、日本以上に親から受け継いだものを大切に使い続ける文化がある国も多い。日本では縮小しつつある「かけつぎ」だが、グローバルな可能性を秘めているのだと感じた。
最後に、岡野さんが大切にしていることについて伺ってみた。
「失敗は成功の元です。いくら気をつけていても、ミスは避けられないと思います。その時に、失敗のままで終わらせないようにしています。例えば、連絡をし忘れていたものがあったら、そこに連絡して終わりでなく、それをきっかけにいろいろなところに連絡をして、つながりを強化するなどして、ミスを昇華してプラスアルファになるよう、日々の仕事で意識しています。」
紬かけつぎ店の仕事は、単なる衣服の修復にとどまらない。思い出を守り、ものを大切にする取り組みでもある。
かけつぎという伝統技術が、ここ一宮から「KAKETSUGI」として世界に広がり、新たな価値をもたらす可能性を秘めているのではないだろうか。
もし、あなたの周りに大事な服が傷んでしまって困っている人がいたら、ぜひかけつぎのことを教えてあげてほしい。

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