炉端と人の温かさを感じられる居酒屋「ヒロバタ」を訪ねてみた。





炉端焼きをメインとした居酒屋で、店主の人柄と美味しい料理で地域の人々に愛されているお店だ。工業系から飲食業へと転身し、15年間の修行を経て独立した代表の伊藤 大登(いとう ひろと)さんに、お店への想いや将来の展望について伺った。
- 理系から飲食業に転身
- 若い世代に伝えたい居酒屋の楽しさ
- 旬の食材を通じた食育への想い
- 従業員の働き方改革と「エンジョイ」の経営哲学
①理系から飲食業に転身
もともと人が好きだという伊藤さん。愛知工業大学でプログラミングを学んでいたが、在学中に自分の適性に気づいたという。
「プログラミングの勉強を続ける中で、自分は長い時間椅子に座って作業するスタイルがあまり得意ではないのかも、と思い始めました。仕事について考えたとき、一連の流れでプログラムを組んで何かを作り、それを人に渡していく過程の中で、僕は『人に物を届けて喜んでもらうこと』が好きなんだと気づいたんです。」
大学卒業後に一度営業の会社に入ったものの、「何か違うな」と感じた伊藤さん。より直接的にお客様に届ける仕事を求めて、学生時代からアルバイトで経験していた飲食業の道を選んだ。
焼肉屋の店長として経験を積み、30歳前後での独立を目標に掲げていた伊藤さんに転機が訪れたのは、焼肉店を退職した昨年9月のことだった。
「最初は『1、2年くらいかけて、ゆっくりお店を探せばいい』と思っていたんです。つながりのあるお店を手伝ったり、生産のことも知りたいと農家さんのところへ伺ったりしていました。ところが思いがけず、半年ほどで良いお店に出会えて、気がつけばトントン拍子に話が進んでいったんです。」
現在の店舗は、前の店主から丸ごと買い取りという形で譲り受けたものだ。さらに、店主は店名の「ヒロバタ」という名前まで付けてくれたのだという。
「僕の名前が“ヒロト”で、炉端をメインとした居酒屋を計画していたので、この名前を考えてつけてくださったんです。前の店主は新事業を立ち上げるためにここを手放したいということで、次にここでお店をやってくれる人を探していたそうなんです。」
そして雑居ビルという立地を活かし、夜メインの居酒屋として営業を開始した。ヒロバタの強みは、焼肉料理歴15年の伊藤さんが手がける極上の肉メニューだ。
酒に合う創作系の肉おつまみがずらりと並び、牛、豚、鶏、どれを頼んでも満足感たっぷり。おいしいものを気軽に楽しんでほしいという想いから、どれもリーズナブルな価格設定となっているのもポイント。肉だけでなく、魚料理のラインナップも充実している。
一番人気は、創作料理である「鶏肉の一夜干し」。魚の一夜干しの製法を鶏肉に応用した、他では味わえない逸品となっている。
「一夜干しなので、しっかり肉の味わいも残っています。水分を飛ばして旨味をちょっと凝縮したような感じです。これが一番人気ですね。魚はありがたい事に良い仕入れ先を教えてもらったのでそこから仕入れたり、自分で釣った新鮮なものを提供したりしています。」
さらに、地元・小牧市の自社農園で育てた野菜も使われているのも大きな特徴。伊藤さんの実家は農家で、現在もお父様と二人三脚で野菜作りを続けているという。サラダやバーニャカウダ、焼き野菜の盛り合わせ、煮物など、季節ごとのさまざまな野菜料理を楽しめるのだ。


②若い世代に伝えたい居酒屋の楽しさ
ヒロバタの現在の客層は、仕事帰りの男性が8〜9割を占めているそうだ。伊藤さんは居酒屋ならではの楽しさを今後、いろんな方に知って欲しいと話してくれた。
「もっと、若い世代の方たちにも来てほしいですね。居酒屋に行く年齢層って比較的、40代、50代が多いんですが、うちのようなお店は、隣のお客様との距離も近いですし、全く見ず知らずの人と話したりするのも醍醐味なんです。若い世代の方たちにも、その楽しさを知ってもらいたいなって思います。ちなみに僕も初めての方とお話するのが好きなので営業中はよくお客様と話しています。ありがたい事にお客様から『大将も一杯飲もうよ!』とお誘いいただいてご馳走になることもあります。」
人と人のつながり、これこそチェーン店の居酒屋にはない魅力だろう。今はSNSで簡単に人とつながれる時代。だからこそ、リアルなコミュニケーションの大切さを伊藤さんは感じているという。
「今のネット社会では、離れた場所にいる人とも気軽に繋がれるようになりました。そして、同じ興味を持つ人たちが集まって、自然とコミュニティが生まれています。例えば、ゲームが好きな人にはゲームを楽しむ人たちの輪がありますよね。でも、その輪の外にいる人と交流する機会は、意外と少ないんです。」
確かに、ネットのおかげで同じ趣味のある人とつながる機会は増えたが、一方で、あっと驚く意外な出会いというのは減ってしまったように思う。
「会社でも、若い世代の方は会社での飲み会に参加しない方が増えてきていると言われています。僕は昔よりも人間関係が希薄化しつつあるように感じます。だからこそ、自分の枠を超えてさまざまな人と関わり、いろいろな考え方に触れてみてほしいと思うんです。まだ一つのコミュニティに限定せず、広い世界を知るタイミングなのではないかな、と感じています。」
伊藤さんは、常にお客様との会話を大切にしている。そしてゆくゆくは、このお店を社交場の拠点にしたいと考えているのだ。

③旬の食材を通じた食育への想い
伊藤さんの想いは、ただ美味しい料理を提供することだけにとどまらない。最終的な目標として「食育」を掲げているのだそう。その理由を伺ってみた。
「今はスーパーに行けば、大根もキャベツも一年中並んでいますよね。とても便利な時代になったと思う一方で、野菜の旬がいつなのかが、少しずつわからなくなってきている気がするんです。」
大根の旬は本来12月から2月の冬。ただ、スーパーで一年中見かけるせいで忘れてしまうことも多い。旬を意識することには、経済的な利点もあると伊藤さんは言う。
「自然に近い状態で育てられた路地栽培の野菜は、天候によって価格は変わりますが、手に取りやすい価格になることも多いんです。太陽の光をたっぷり浴びているので、味わい豊かで美味しいですし、旬を意識することで、日々の食卓がより豊かになるのではないでしょうか。」
伊藤さんの展望は食のサイクル全体を手がける壮大な構想へと広がる。
「お店で出た生ゴミを分解して有機肥料にし、もう一度畑に戻す。そんな循環の工程をつくりたいんです。実際、ある有名なハンバーグチェーンでは各店舗に生ゴミ処理機を設置し、出た生ゴミをすべて処理して自社農場に返しています。そして、その農場で育った野菜を使って、ハンバーグに添えるサラダを提供しているんです。」
旬を知り、循環を意識する。その積み重ねこそが、伊藤さんの描く「食育」の実現へ近づく一歩となるのだろうと感じた。

④従業員の働き方改革と「エンジョイ」の経営哲学
伊藤さんは、飲食業界の人材不足問題にも独自の視点で取り組もうとしている。
「飲食業界では人手不足が課題とされています。特に離職率の高さが問題視されていますが、その背景にはいくつも理由があるんです。生活リズムの不規則さもその一因だと思います。」
そこで伊藤さんが考えているのは、働く人々のライフステージに合わせた雇用システムだ。
「例えば子育てをしながら働く方にとっては、ディナータイムの勤務が難しいこともあります。だからこそ、働き方には柔軟さが必要だと思うんです。食のサイクル全体を事業として展開することで、多様な働き方を柔軟に取り入れられるんです。ディナーの時間が難しい方には、ご希望があれば農業の仕事に携わっていただくこともできますし、子育てが落ち着いてから改めてディナータイムで活躍していただくこともできます。そんな仕組みがあることで、長く安心して働ける環境をつくれると考えています。」
人のつながり、食育、ライフスタイルに合わせた雇用と、目先の利益だけでなく飲食業界全体を考えて仕事をしている伊藤さん。そんな伊藤さんが最も大切にしているのは「エンジョイ」の精神だ。
「今の仕事もそうですし、焼肉店で店長をしていた頃もそうですが、役職が上がるほど数字やお金の管理に追われるようになります。だからこそ、僕は“楽しむ気持ち”を一番大事にしているんです。なんでも”エンジョイ”することが大事かなと思っています。」
数字を追うことも大切にしながら、何よりも来店された方に楽しんでもらうことを第一に考えている。その姿勢が経営の軸となっている。
「飲食店を営むうえで、僕が一番大切だと考えているのは、お客様が来て楽しんでもらえる場を提供することだと考えています。料理はそのための手段であり、私はシェフというよりエンターテイナーに近い存在だと思っています。」
その背景には、先輩から教えてもらった大切な言葉がある。
「どこで、誰と、何を食べるかっていうのが大事だって言われたんです。ただ、誰と食べるかは私たちには決められません。だからこそ、どこで・何を食べるかを精一杯提供したいと考えています。せっかく足を運んでくださるのですから、楽しく、記憶に残る時間をお届けしたいです。」
ヒロバタは居酒屋を超えて、人と人をつなぐコミュニティの場として、そして食育を通じて地域社会に貢献する場として、これからも進化を続けていくだろう。旬の食材と温かいもてなし、そして何より伊藤さんの「エンジョイ」の精神。暖かな火を囲みながら特別な時間を過ごしたい人は、ぜひ立ち寄ってみてほしい。

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