トリニダード・トバゴ料理でカリブの風を届ける「極東アンティール」を訪ねてみた。





カリブ海料理という珍しいジャンルで、トリニダード・トバゴの本格的な味を楽しめる店だ。店主の石黒 昭弘(いしぐろ あきひろ)さんは、ライターという異色の経歴を持ちながら、50歳でカリブ海料理店を開業した。音楽への愛と仲間への想いから生まれたこのお店の魅力を探るべく、石黒さんにお話を伺った。
- 「たまり場」への憧れが生んだ店
- 本場で学んだトリニダード・トバゴの味
- 音楽と映像が織りなすカリブ体験
- カリブ海と日本をつなぐ架け橋へ
①「たまり場」への憧れが生んだ店
石黒さんがこのお店を開いたきっかけは、ライターならではの「長年の夢」にあった。
「僕は、カメラマンとかライターとか編集の人とかがワイワイ集まってお酒を飲みながら、毒にも薬にもならないくだらない話をするのが好きだったんです。大須や今池にあるたまり場のようなお店で飲んでいて…、自分でもそういうお店を持ちたいという願望が昔からありました。」
紙媒体中心のライターとして活動している石黒さん。若い頃から抱いていた「自分の城を持ちたい」という想いが募っていく。決断の背景には、50歳という年齢への危機感もあった。
「仮に75歳まで元気に生きられるとして、あと25年しかない。もう後がない、今やらないと間に合わないという少し焦りのような気持ちがありました。」
開業資金を確保できたタイミングで「失敗しても火傷で済む範囲」での開業を決意。当初は今池や大須での出店を考えていたが、最終的に、自宅から歩いて行ける黒川で、良い物件に出会った。物件の決め手となったのは意外な理由だった。
「ライブイベントをやりたかったので、音量を出せることは譲れない条件でした。ここは周辺にカラオケパブやカラオケスナックが何店舗かあって、夜9時になるとにぎやかなんです。ここなら音を出しても大丈夫だなと思いました。」
そして2020年2月、極東アンティールがオープンした。
黒川という土地で飲んだことがなかったという石黒さん。しかし実際に店を構えてみると周辺の面白い店とのつながりもでき、「黒川でよかった」と今では思っているという。
②本場で学んだトリニダード・トバゴの味
カリブ海料理という珍しいジャンルを選んだのは、石黒さんの音楽への愛が原点にある。若い頃からスティールパンというカリブ海の楽器に魅了され、実際にトリニダード・トバゴへ何度も足を運んだ経験を持つ。
「スティールパンはトリニダード・トバゴが発祥なんです。本場を見てみたいということで、若い頃に勢いで海を渡りました。ですから、昔からカリブ音楽や文化にはすごく親しんでいたんです。」
看板メニューはカリブカレー。トリニダード・トバゴの特徴は、黒人とインド人が半々で住む多民族国家であること。イギリス植民地時代の影響で、カリブ海でありながらカレーがよく食べられている。
「日本でトリニダード風のカレーを出したら、面白いだろうなと思いました。東京に以前トリニダード料理のお店が1軒あったんですが、今はなくなってしまいました。なので、うちは日本でほぼ唯一、本場のトリニダード料理を食べられる店だと自負しています。」
石黒さんは開業前に関東のトリニダード・トバゴ人コミュニティを訪れ、本場のレシピを直接教わった。
「開業するにあたってメインはカレーにしようって決めていたのですが、本場の作り方がわかりませんでした。どうしようかと考えていたら、関東にトリニダード人が集まるコミュニティがあり、クリスマスパーティーに誘われたんです。なので、埼玉まで行き、レシピを教えてもらいました。」
トリニダード人から直接教わったカレーは、現地の各種スパイスを配合した本格派。辛いと感じる人もいるため、最終的には日本人でも食べやすいようアレンジされている。客側が好みに合わせて自家製ホットソースで辛さを調整できるのもうれしい。
この自家製ホットソースも評判で、マンゴーやパクチー、ライム果汁、ビネガーなど様々な食材を使用している。辛みだけではなく、酸味や甘みが複雑に絡み合う味わいが特徴だ。
自家製ホットソースは店内では使い放題で、小売りもしている。「パスタに使った」「餃子に柚子胡椒みたいに混ぜた」「味噌に混ぜておでんを食べた」など、ジャンルを超えさまざまな料理に使われている。
そしてもう一つの人気メニューがジャマイカの国民食「ジャークチキン」。特製ソースに一晩以上漬け込み、じっくり焼き上げたスパイシーなチキンで、カレーを上回るほどの人気だという。
アルコールに関しても、店内にはカリブ海産のラム酒を中心に豊富に取り揃えている。石黒さんいわく「名古屋でも3番目くらいに多いと思う」とのこと。ラム酒はサトウキビの絞り汁などから作られる蒸留酒で、アルコール度数が40度前後と比較的高いのが特徴。トリニダードやバルバドス、マルチニーク、プエルトリコなどカリブ海産を中心に取り揃えている。
ラム酒に馴染みのないお客様には「これはちょっと甘い」「これはロックで飲むと美味しい」と丁寧に説明し、カリブ海の酒文化を伝えている。
黒川駅から徒歩1分という好立地ながら、ビルの3階という分かりにくさから「看板も見えないし、本当にここで大丈夫?」と心配するお客様も多いそう。それでも隠れ家的な雰囲気を気に入っているお客様に支えられている。

③音楽と映像が織りなすカリブ体験
極東アンティールの強みは、食べ物だけにとどまらない。小さな飲食店でありながら本格的なイベントスペースを併設している。店内には120インチの超短焦点プロジェクターと、かつてクラブで使われていたスピーカーが設置されているの。
「どうせお店を作るなら、壁一面プロジェクターにしたいという願望がありました。音響もちゃんとしたものにして、クラブ風なことも対応できるようにしたかったんです。」
音響システムは左右のメインスピーカーだけでなく、後方やセンタースピーカーも配置された本格的な構成。映画館のような臨場感ある音響を実現している。実際に筆者も、石黒さんと共に共通の好きなアーティストの曲を聴かせていただいた。ライブのような臨場感のある音響システムには圧倒された。
テーブルを外せば各種イベントに対応でき、ミニライブやDJイベント、ライブビューイング、映像観賞会など多彩な用途に活用されている。そして石黒さん自身も「pansonido」というスティールパンのバンドを組み、お店で演奏することも。
「店内にスティールパンを置いているので、いつでも叩けます。毎週土曜か日曜に東海市で練習していて、常時メンバー募集中です。音楽経験は問いませんので、ぜひこの記事を読んでやってみたい!と思った方がいらっしゃったらご連絡ください!」
極東アンティールは、食だけでなく地域に根ざした音楽文化の拠点としても機能しているのだ。

④カリブ海と日本をつなぐ架け橋へ
極東アンティールの活動はお店の中だけにとどまらない。石黒さんは積極的にカリブ海文化の普及に取り組んでいる。ジャマイカフェスティバルへ出展するなど、広いコミュニティとのつながりを築いている。
「トリニダードは英語圏、キューバやプエルトリコはスペイン語圏と、同じカリブ海でも文化圏は全然違うんです。ジャマイカが好きな人はクラブサウンド系、キューバの人はサルサバー系と、それぞれにコミュニティがあります。いろいろなコミュニティとゆるくつながっていきたいですね。」
石黒さんは「カリブ海と日本の架け橋になりたい」という大きな目標を掲げている。
「バンドをやっている頃からずっと思っていたことですが、ブリッジ的な存在になりたいんです。日本に住んでいるカリブコミュニティの人にも知ってもらいたいし、もっと大枠でジャマイカやキューバも含めて、カリブ海のカルチャーのハブになっていきたいと考えています。」
そのためにも、お店のイベントスペースをもっと活用してもらいたいと考えており、原則として飲食をしてもらえれば箱代はかからない形で貸し出している。
そんな石黒さんの座右の銘は「どんなときもなんとかなった」だそうだ。実はハロプロ(ハロー!プロジェクト)が好きという石黒さん。Juice=Juiceの楽曲「25歳永遠説」のフレーズから影響を受けたという。
「自分自身、ものすごく運が良かったと思っています。ライターの仕事でヘマをして仕事がなくなった時も、次の仕事が人づてで回ってきた。コロナで延命させてもらったのも運。何十年も綱渡りのような人生だったけれど、なんとかしてこれました。」
お店を経営するようになってから、店主としての成長も感じているという。
「昔は人の話を否定することも多かったんですが、店をやるようになって寛容になったと感じています。いろんな人と出会って話すことで、いろいろな価値観があることがわかりました。その経験から偏見を持たず、できるだけ柔軟でいようと心がけています。」
極東アンティールは、一人の男性のカリブと音楽への愛から生まれた、日本では希少なトリニダード料理店。お酒が好き、音楽が好き、何かイベントをやってみたいという人は、ぜひ訪れてみてほしい。


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