家康も愛した荵苳酒の宿、犬山のまちづくり会社DonDenを訪ねてみた。





犬山市内にある登録有形文化財に指定された古民家を活用し、宿泊施設として生まれ変わらせるプロジェクトだ。同社の取締役であり、かつ犬山市議会議員でもある畑 竜介(はた りゅうすけ)さんに、事業にかける想いや展望について伺った。
- 守るだけでなく、活かす古民家活用
- 400年の歴史を持つ「荵苳酒」という財産
- 目指すのは「第二のふるさと」
- 一期一会を大切に
①守るだけでなく、活かす古民家活用
江戸時代から変わらぬ町並みが残る愛知県犬山市。その城下町で、歴史ある古民家を活用した新たな宿泊施設『宿(しゅく)』が2025年3月、オープンを予定している。
「宿の字には、歴史や様々な人の思いが「宿(やど)」る場所という意味を込めています。宿泊客が訪れることで、歴史や文化が受け継がれ、地域に新たな息吹をもたらすことを期待しています。」
犬山城下町には、年間580万人もの観光客が訪れる。しかし、宿泊する観光客はわずか18万人だという。
「いわゆる「L字観光」と呼ばれるものです。限定的なルートだけを巡って、そのまま帰ってしまうんですね。一方で、警備費用などの支出は増え続けています。また、ゴミの問題も深刻です。」
この問題に取り組むべく立ち上げられたのが、株式会社DonDenだ。社名の由来は、犬山祭の山車(だし)を方向転換させる際の「どんでん返し」から取られている。そこには「町の観光を、どんでん返しするような変革を起こしたい」という想いが込められている。
「4年間にわたる準備ののちに、観光庁からの補助金を受けて事業化に至りました。」
DonDenの事業の核となるのが、2棟の古民家の活用。1棟は江戸時代から続く老舗酒造「小島醸造」の建物で、もう1棟も同じく国の登録有形文化財に指定されるほどの価値を持つ。これらを宿泊施設として再生させる計画なのだ。
この土地の固定資産税だけでも年間7桁の費用がかかるという。維持するだけでなく、利活用しながら出た利益で修繕していく。そんな理想の形をめざすのがDonDenなのだ。
「単に犬山に泊まるだけでなく、犬山の文化や歴史を体験してもらい、町全体を楽しんでもらうことを目指しています。」


②400年の歴史を持つ「荵苳酒」という財産
この事業の強みは、単なる古民家活用に留まらないところにある。
小島醸造には、慶長2年(1597年)から続く「荵苳(にんどう)酒」という特別なお酒がある。スイカズラ(荵苳)という植物を漬け込んで作った薬草酒だ。豊臣秀吉が朝鮮に出兵した際に、杜氏たちから伝わった技術が用いられている。
「荵苳酒は、かつて静岡や和歌山などでも作られていました。しかし、明治維新や第二次世界大戦を機に製造が途絶えてしまいました。近年、荵苳酒を復活させた酒蔵もありますが、ずっと造り続けているのは小島酒造だけなんです。徳川家康にも献上されていた由緒あるお酒なんですよ。徳川家康は75歳と当時としてはかなりの長寿でしたが、もしかしたら荵苳酒のおかげかもしれませんね。」
荵苳酒の製造法は門外不出であり、一子相伝だという。
どのような特徴があるのだろうか?
「甘みがあり、薬草の香りが特徴です。身体を温めたり、滋養強壮といった効能があります。健康志向の高い現代人にも受け入れられやすいと考えています。」
この荵苳酒を活かした取り組みも計画されている。そのうちのひとつが、客室での薬草風呂の提供だ。
「この宿には、温泉がありません。しかし逆にそれを活かして、荵苳酒のストーリーに繋がる薬湯風呂を提供したいと考えています。客室にフレンチプレス(コーヒーなどを抽出する器具)を置き、忍冬などを調合した薬草を入れて自分の部屋で熱湯を注ぐのです。そうすることで、搾りたての薬草風呂を楽しめます。荵苳酒を通じて、犬山の歴史や文化を感じてもらいたいです。」


③目指すのは「第二のふるさと」
宿泊施設『宿』と一緒にオープンする予定なのが、和食レストラン『古今』だ。「古今」という名前には、犬山の伝統を受け継ぎ、昔と今をつなぐという思いが込められている。
「古今は禅語であり、お茶の世界でよく使われている言葉です。実は犬山には、各家庭に茶室があるなど、お茶の文化が根付いているのです。将来的には『犬山の子どもはお茶を習う』というような文化を育てていきたいですね。」
旅行者はもちろん、地元の人たちにも「古今」を使ってもらいたいという。
「何か特別な日には「古今」というレストランでお祝いをしてもらったり、誰かが来たときに「あそこに行くといいよ」と紹介してもらえるような、そんな存在になりたいですね。地域の人々が誇りに思い、自慢できるようなお店にしたいと思っています。」
夜には、建物の一部をバーとして活用する計画も進行中だ。荵苳酒を使ったカクテルなど、犬山ならではのお酒が提供される予定だ。
DonDenは、地域との関係性も重視している。祭りへの参加や地域行事への協力など、地域に根差した運営を心がけているという。
「ここを拠点に町の人々と交流し、犬山を第二のふるさとと感じてもらえるような場所にしたいと思っています。宿の近くには、創業100年の町中華のお店があるんですよ。そこのおかみさんが、とてもよい声なんです。ぜひそちらも訪れてほしいですし、ぜひ町を歩いて、地元の人々との交流していただければうれしいです。」
このインタビューの中で、畑さんは何度か「私たちはホテル業をやりたいわけではない」という言葉を口にしていた。
「DonDenは、町に必要なものを作っていく、まちづくりの会社です。この事業で得た利益で、次につくるのは、本屋を作るかもしれないし、パン屋や銭湯かもしれません。宿泊施設にこだわらず、長く町の人に必要とされるものを作っていきたいです。」

④一期一会を大切に
小島酒造の古民家を含む、2棟8室での開業を進めているDonden。2棟を成功させた後は、更に多くの古民家と連携していきたいと考えている。
「古民家は有限です。時間との戦いでもあるんです。事業の安定性を考えると、ある程度の規模が必要になります。一棟貸しの部屋や、価格帯を下げて合宿利用できる施設など、多様な形での活用を検討していきたいですね。」
この事業が成功することで、他の古民家所有者からも活用の相談が殺到しそうだ。
最後に、座右の銘を伺った。
「一期一会です。ここに泊まる人、食事に来る人、全ての方との出会いが、その人の人生にとって宝物になればいいと考えています。」
一期一会の大切さを感じたきっかけは、何かあるのだろうか?
「私は昔、新聞配達のアルバイトをしていた時期がありました。そのときに配達漏れをしてしまったことがあるんです。そのお宅に謝りに行って、お叱りを受けました。それから約30年後、政治家として選挙活動をしていた時に、その時の家を訪ねたら覚えていてくださったんですね。そして「お前、あのときの坊主か。頑張れよ」と応援してもらえたんです。」
当時、誠実に謝ったからこそ生まれた温かなエピソード。その人もきっと、大きく成長した畑さんを見て感じるところがあったのだろう。
「良いことも悪いことも、人との出会いに無駄なことは一つもありません。だからこそ、この宿に泊まりに来てくれる人、食事に来てくれる人、全ての出会いを大切にしたいんです。その人の人生の、何かに影響を与えられればいいなと思っています。」
歴史ある建物を守りながら、新しい価値を生み出す。そして、それを次世代へとつないでいく。犬山の城下町で始まるこの新しい試みは、日本の観光や古民家活用の新たなモデルケースとなるかもしれない。
今、2025年3月の開業に向けて、準備は着々と進められている。家具の搬入やのれんの制作、スタッフの採用など、やるべきことは山積みだという。しかし400年以上の歴史を持つ建物と文化をつなぐ取り組みは、かならず未来に大きな実を結ぶはずだ。
2025年、犬山の城下町に新たな風が吹き込まれようとしている。歴史好きな人、お酒好きな人、そして「本物」を体感したい人は、ぜひ足を運んで、泊まって、その息吹を感じてみてほしい。
