燻製とワインのマリアージュ、大人の隠れ家バー「トレディ」を訪ねてみた。
20年以上の経験を持つシェフが手掛けた燻製とワインを堪能できるバーだ。燻製とワインを始めたきっかけや楽しみ方などを、オーナーシェフの深谷 高年(ふかや たかとし)さんにうかがった。
- ワインと燻製の相性を知って欲しい
- 趣味のアウトドアで燻製にハマる
- ラーメンやアイスが...奥深い燻製の世界
- 多店舗展開より、どんどん絞っていきたい
①ワインと燻製の相性を知ってほしい
2018年にオープンしたtre di(トレディ)。扉を開けると、燻製の良い香りが全身を包み込み、非日常的な空間へと誘われる。トレディでは、静かで落ち着いた雰囲気を保つため、25歳未満のお客様の利用を制限するという徹底ぶりだ。
トレディとは、イタリア語で「3つの」という意味の言葉だという。どのような由来なのだろうか?
「実はコロナ前とコロナ後で、業態が大きく変わっています。オープン当初はビストロとカフェが混ざったような、みんなでワイワイとご飯を食べるお店だったんです。僕の実家は赤ちょうちんの居酒屋で、和食を提供していました。アジア料理・洋食・和食と自分がこれまで経験してきた3つのジャンルをかけ合わせるという意味で名づけたのです。」
しかしコロナ禍をきっかけに、このお店のスタイルを見直すことになる。
「コロナ禍でじっくり考える時間ができたので「自分は一体どのようなお店をやりたいのか、そしてどのような状態が一番テンションが上がるのか」を自問自答しました。そして燻製とワインを組み合わせたお店が、一番楽しくやれると感じたんです。名前を変えようかとも思ったのですが、メインの燻製とワインとパスタなど、”3つ”という意味に当てはまるので、このままにしています。」
改めて、現在のお店のコンセプトについてうかがってみた。
「ワインと燻製の相性の良さを、もっと多くの方に知っていただくことです。味だけではなくて、香りも感じてもらえるような、新しいおいしさを提供したいというのがコンセプトですね。」
日本では古くから、香道や聞香(もんこう)など、香りを文化に取り入れ、親しんできた。香りを聞き、五感で楽しむのがトレディ流の大人の楽しみ方なのだ。
②趣味のアウトドアで燻製にハマる
深谷さんは、社会に出てからずっと料理の道を歩んできた。
「メインのジャンルは中華です。中華料理といっても、北京・上海・広東・四川とさまざまなジャンルがあります。私はその中でも、中華とアジアの中間のような、少しマイナーなジャンルのお店で料理をしていました。すごく良い経験をさせてもらったと考えています。」
実家が料理店だったことも、深谷さんの人生に大きな影響を与えている。
「早くに父が他界し、母はお店をしながら僕と兄を育ててくれました。母はお店が忙しく、どうしても僕たちの食事が作れない時は、僕か兄がご飯を作っていました。」
深谷さんの料理はラーメンから始まり、どんどん進化していった。
「僕は料理をするのが好きだったので「これだ!」と、どんどん料理を突き詰めていきました。」
そんな深谷さんが燻製に出会ったきっかけは、趣味のアウトドアだった。
「僕の趣味が、登山とスノーボードなんです。ただ料理店の店長をしていた時は、忙しくてなかなか宿泊はできなくて、どうしても日帰りになってしまうんです。日帰りだと、昼くらいには下山する必要があるので、準備や片付けなど時間のかかるバーベキューはできません。なので、毎回お弁当だったんですが、それも飽きてしまったんです。」
何かお昼ご飯を楽しむ良い方法はないか……そこで思いついたのが燻製だったそうだ。
「買ってきたベーコンを、燻製にするだけでとてもおいしくなったんです。また燻製だと、バーベキューより片付けが簡単なんです。それが燻製をはじめたきっかけです。」
きっかけは小さな種のようなものだったが、そこから「燻製とワイン」のお店として、大きく育ったというわけだ。
③ラーメンやアイスが…奥深い燻製の世界
アウトドアをきっかけに燻製に目覚めた深谷さんだが、最初から燻製をメニューにする予定はなかった。
きっかけは、独立して「トレディ」という自分の城を構えることになったときに、中華料理店のオーナーから言われた言葉だ。
「応援するし、手伝ってもあげるけど、うちのメニューをそのまま持っていくのではなく、何か一つ、強みを見つけないと生きていけないよと言われたんです。例えば料理だけではなく自分のキャラを売りにする方法もありますが、私はあまり濃いキャラではありませんので、どうすればいいだろうと悩みました。」
そして深谷さんは、いくつかキーワードを挙げ、それらを全部深掘りしていった。そうして出てきた中のひとつが、燻製だったのだ。
現在、トレディではさまざまな燻製を楽しめる。驚いたのが、チキンラーメンの燻製だ。どんな燻製なのか想像もつかないが、どのようなものなのだろうか。
「ゆでる前の固い状態の麺を使います。燻製をやったことがある人ならわかると思うのですが、実はあの水気を帯びていないカチカチの状態が、一番ベストな状態なんです。一番、燻製の香りがつきやすいんです。」
では水分がある場合は、どのようになってしまうのだろうか。
「逆に魚のように水分を含むものは、燻製が難しいんです。みなさんは煙の味をご存じでしょうか?実は煙は、味に例えると酸っぱいんです。燻製によって、その酸味が吸着してしまうのです。それを防いであげないといけません。」
燻製に含まれるスモークウッドの煙には、酢酸が含まれる。この酢酸が、水分と結びついてしまうのだ。
「チキンラーメンの燻製は水分がほとんどないのでほぼ失敗しません。燻製に興味があるなら、ぜひ試してみてほしいですね。」
燻製が終わったあとはどのように食べるのだろうか?
「通常と同じようにお湯を注いで、卵を落としてください。真っ黒のチキンラーメンが出来上がりますよ。塩ラーメンで作るのもおすすめです。百円均一のお店には、メスティンという調理器具が売っています。チップも百円均一のお店でできます。後はラーメンをカットしてぜひ試してみてください。」
トレディのInstagramには、他にもさまざまな燻製がアップされている。ウナギもおいしそうだし、ニンニク醤油はめちゃくちゃお酒に合いそうだ。
「これは燻製したニンニクを、醤油に漬け込んでいます。醤油は能登半島から取り寄せています。」
能登半島地震の前から、トレディは能登の醤油を使い続けているという。
「この醤油は、アルバイトのスタッフのお母様から教えてもらったんです。これおいしいよって1本いただいて、食べてみたらめちゃくちゃうまかったので、それ以来使っています。」
また、柿の種の燻製も大人気だという。
「柿の種の燻製をたくさん食べたいと、毎回買われていくお客様もいらっしゃいます。僕としては燻製したら美味しそうだったからやってみた位の気持ちだったのですが、お客様からは大好評ですね。」
さらに、バニラアイスやショコラテリーヌといった、スイーツの燻製もある。
「バニラアイスは、燻製して1度溶けたのを固めなおしています。チョコレートも燻製して、それをテリーヌにしているんです。」
トレディでは、燻製づくり体験も開催している。もし燻製に興味があるなら、ぜひチャレンジしてみてはいかがだろうか。
④他店舗展開より、どんどん絞っていきたい
トレディでは、赤・白・BIOワインなど、世界各国のワインを提供している。しかし、実はもともと、深谷さんはワインがあまり好きではなかったという。どのようなきっかけで、ワインと出会ったのだろうか?
「以前勤務していたお店では、ウエディングにも対応していました。そのときに司会をお願いしていた女性がいたのですが、その方がワインのソムリエ資格を持っていて、あるワインに関する検定の検定員も務めていました。その方に、検定を受けてみないか?と誘われたんです。」
いつもお世話になっているからと深谷さんはワイン検定を受験した。
「試験のあとに懇親会があり、そちらにも参加しました。そこでグラス2、3千円くらいするのではないかというワインを飲ませていただいて、それがめちゃくちゃおいしかったんですよ。そのときのことは全然覚えていないし、写真も撮っていなかったのですが、ワインってこんなにおいしいのかとイメージが大きく変わりました。」
そこからワインの「沼」にはまっていった深谷さん。トレディでは、温度やグラスにも徹底的にこだわってワインを提供する。
かつての深谷さんのように、まだおいしいワインに出会えておらず、ワインを苦手だと感じる人も多いのではないだろうか。ワイン会も開催しているので、ぜひInstagramをチェックしてみてほしい。
トレディの将来の展望は、紹介制にすることだという。店舗を広くしたり、多店舗展開したりといったことは全く考えておらず、むしろどんどん狭く絞っていきたいと深谷さんは語る。
「トレディ」は、コロナ禍をきっかけに大きく進化し、燻製とワインを中心とした独自のスタイルを確立した。そして食事だけでなく香りを楽しむ「大人の贅沢」を提案している。落ち着いた雰囲気の中で、特別な時間を過ごすことができるだろう。
もし日々の喧騒から離れ、大人の贅沢を味わいたいなら、トレディで燻製とワインが織りなす新しい美食の世界を体験してみてはいかがだろうか。きっと、あなたの舌と心を満足させる、忘れられない一夜となるはずだ。
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