尾州から世界へ、未来に彩りを届ける「小川染色株式会社」を訪ねてみた。
機械メーカーでの経験と染色工場の伝統を融合させ、複数の特許取得を実現するなど、独創的な取り組みで注目を集めている。 今回は、代表取締役社長の安藤 孝俊(あんどう たかとし)様にお話をうかがった。
- 家業継承と、自力で切り拓いた再建の道
- 素材の持ち味を最適に引き出す、三位一体の染色技術
- タフティングがつなぐ、手芸文化の新たな形
- 従業員との対話が育む、世界を見据えた組織づくり
①家業継承と、自力で切り拓いた再建の道
愛知県一宮市を中心に広がる尾州地域は、世界有数の毛織物産地として知られている。この地で昭和8年の創業以来、90年以上にわたり糸を染め続けてきたのが「小川染色株式会社」だ。繊維産業を取り巻く環境が大きく変化し、同業他社が減少する中でも、伝統技術の維持と新たな事業展開の両立に注力し続けている。
3代目である安藤社長が同社に入社したのは、平成元年頃のことである。大学卒業後は大手染色整理メーカーに勤め、当初から家業を継ぐ強い意志があったわけではないが、結婚を機に実家へ戻る決意を固めたという。
「入社当時は、家業を自分が引き継いで、精一杯やれるところまでやってみようという心境でした。ただ、繊維業界を取り巻く状況が年々厳しくなっていることは肌で感じていましたね。」
かつて一宮市周辺に130軒ほどあった同業の染色工場は、現在では20社程度にまで減少している。事業を畳むことも選択肢の一つだと考えていた時期もあったというが、現状を打破するために新しい試みを始める。
十数年前、自ら「ものづくり補助金」の申請に挑戦したことが、大きな転換点となった。専門家に頼ることなく、金融機関の指導を仰ぎながら独力で作成した申請書が採択され、資金を確保することに成功したのである。
「当時は資金的な余裕もありませんでしたが、現場の課題を一番理解しているのは自分たちだという自負がありました。自分で考え、手を動かして申請した結果、採択につながったことは大きな自信になりましたね。そこで開発した新しい機械で特許も取得できました。こうした挑戦をホームページで発信し始めたことで、少しずつ外部からの注目が集まるようになりました。」
こうして自ら道を切り拓いた経験は、小川染色の再建にとどまらず、尾州という産地に新たな風を吹き込む原動力となった。逆境の中でも歩みを止めなかったその決断が、現在の挑戦へと確かにつながっている。
②素材の持ち味を最適に引き出す、三位一体の染色技術
小川染色の強みは、全国的にも数少ない3つの主要な染色技法をすべて網羅している点にある。
同社では、糸の素材や最終的な製品の用途に合わせて、これら3つの手法から最適な加工を選択できる体制を整えている。どの技術が優れているかではなく、どの手法がその糸にとって最適かという視点を常に持ち合わせている。
まず、同社の象徴ともいえる「かせ染色」は、糸を大きな輪の形状にした状態で、お湯の中でゆったりと泳がせるように染める。この手法は糸に過度な圧力をかけないため、ふっくらとした豊かな風合いに仕上がるのが特徴だ。一方で、大量生産に適した「チーズ染色」や、独特のメランジ感を表現できる「トップ染色」も併用し、多様なニーズに応える体制を整えている。
こうした伝統技術を守り抜く一方で、安藤社長は機械工学科出身の知見を活かし、使い手の悩みを解決するプロダクト開発にも取り組んできた。その代表例が、特許および意匠登録を済ませているヤーンホルダー『するりぃと』である。
手編み糸は、使う際に絡まったり転がったりすることが愛好家にとって大きなストレスとなっていた。安藤社長は、身近なペットボトルの形状からヒントを得て、糸がスムーズに出てくる独自の構造を考案した。開発過程では、自ら設計したプロトタイプを社員に託し、現場の声を徹底的に反映させた。
「当初、この仕組みを思いついて試作した時は、大きな手応えを感じていました。しかし、実際に社員に使ってもらうと、最後まで使い切る際の問題点など、厳しい指摘も受けました。そこから一年をかけ、内部の角度や大きさをミリ単位で調整し、一丸となって完成させたのです。」
こうして誕生した『するりぃと』は、展示会などで披露されると瞬く間に手芸ファンの心を掴んだ。伝統的な染色技術という「守りの技」と、特許製品を生み出す「攻めの知恵」。この両輪があるからこそ、小川染色は単なる受託加工に留まらない、独自の地位を築いている。
③タフティングがつなぐ、手芸文化の新たな形
2022年から本格的に開始した「タフティング」への取り組みも、同社の認知度を飛躍的に高めることとなった。タフティングとは、専用のガンで布に糸を打ち込み、オリジナルラグを作成する技法だ。
安藤社長は、自社が染める高品質な糸の魅力を一般消費者に直接伝えるための手段として、この新しい手芸文化に着目した。
「もともとは、自分たちが長年手がけてきた手編み毛糸の魅力を、改めて多くの方に届けたいという想いがありました。糸の質感や色の奥行きは、実際に手を動かしてこそ伝わるものです。タフティングは一度に多くの糸を使うため、素材の風合いがより際立ちますし、自分の手で作品を作る喜びも感じられます。」
海外の事例を参考にし、専用の木枠や材料を自社で検討するなど、試行錯誤しながら環境を整えていった。この事業の推進には、SNSを活用した発信も大きく貢献しており、これまで染色工場とは接点が少なかった若い世代のファンも急増している。
この取り組みの成功は、本業である染色業務にも好影響を与えている。多様な糸を少量からオーダーできるサービスは、個人作家や愛好家からの支持を集め、従来の企業間取引を中心としたビジネスモデルに、一般消費者との接点という新たな柱を加えることになった。
「自分たちが染めた糸が、直接誰かの喜びにつながっていることを実感できるようになったのは、会社にとって非常に大きな変化でしたね。」
直接的なフィードバックが得られる環境は、現場の社員にも新たな誇りをもたらしている。安藤社長は、この取り組みが「糸」そのものの価値を再認識してもらうための大切な場であると考えており、尾州の繊維産業全体にとっても、新しい可能性を示す一つの希望になると信じている。
④従業員との対話が育む、世界を見据えた組織づくり
小川染色を支える組織は、非常に風通しが良い。安藤社長は、社員一人ひとりが主体的に判断できる環境づくりを重視している。毎月の定例会議や朝礼では、職種を問わず全員が意見を出し合い、業務改善に取り組む社風が根付いている。
「一人ひとりの得意なことを見極め、それを活かせる場を作ることが経営者の役割だと考えています。こうした小さな積み重ねが、お互いに助け合い、新しいことにも挑戦しようとする社風を作っているのだと感じます。」
現在、同社は海外市場への展開も本格化させている。SNSを通じた発信が世界中で注目されたことをきっかけに、海外からの直接注文が入るようになった。
補助金への挑戦、特許製品の開発、そしてSNSを介した世界とのつながり。一見すると染色業の枠を超えた大胆な取り組みにも見えるが、その根底には安藤社長が守り続けてきた確固たる信念がある。
「私は『不易流行』という言葉を大切にしているんです。伝統的な染色技術という、絶対に守らなければならない基盤はしっかりと持っておく。その一方で、時代に合わせて常に新しいものを取り入れ、自分たちを変化させ続けていく。そのバランスを何より大切にしています。」
安藤社長が見据えるのは、単なる事業の拡大ではない。10年後の未来を見据え、次の世代が「この場所で働きたい」と心から思えるような、魅力ある組織を築き上げることだ。インタビューの最後に、安藤社長は静かな情熱を込めて、これからの決意を語った。
「日本が誇るものづくりの創造性を絶やさないためにも、尾州から世界へ、彩り豊かな糸を届け続けたいと考えています。」
伝統を守る誇りと、新しい価値を創造する情熱。安藤社長と社員たちが織りなす「彩りの連鎖」は、これからも多くの人々に感動を届け、尾州という地の可能性を世界へ広げ続けていくだろう。
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